「教育実践を語る」服部英雄のブログ

授業のこと,学級経営のこと,家庭教育のことなど,教育全般にかかわることについて,これまでの経験や研究をもとに語っていきたいと思います。

Ⅱ 子どもの話し方が変わる(3)

(3)「気持ちは分かる、でも」からの脱却  

共感的な言葉がけができるようになるのは、それほど難しいことではありません。子どもの心情を当て推量でいいので、言語化して子どもに話しかければいいからです。ただ、その後にどのように言葉がけするかで、子どもの話し方は違ってきます。  

その時の上手くない話し方が、共感的な言葉がけをした後の「でも」なのです。「でも」は、逆接の接続詞です。大人や教師は、子どもたちに対して、この「でも」を使うことが多いのです。例えば、次のようにです。

「腹が立った気持ちは分かる。でもね、それぐらいは我慢しなければね。」
「悲しいんだね。でも、いつまで泣いてても仕方ないよね。」  

これらの話し方や言葉がけは、子どもたちの感情を収め、次に向かえるようにすることを意図しています。つまり、感情的になっている子どもを落ち着かせ、そこから立ち直れるような、そして次へと進めるような言葉がけなのです。  

しかし、その意図が子どもには、上手く伝わりません。その原因が「でも」なのです。

いくら子どもの心情に共感しても、その後に「でも」と続くと、その「でも」以前を自ら否定していることになってしまうのです。もちろん、大人や教師側はそのつもりはなくても、聞いた側の子どもはそのように感じ取ってしまうのです。  

その結果、子どもたちは、
「やっぱり、分かってくれない。」
「結局、お説教なの?」
と受け取るようになります。

そして、これが度重なると、
「また、いつもの…。」 と思い、話を素直に受け止めることはなく、自ら色々と話してくれることもなくなるのです。  

そこで、共感した後には、「それで」や「だから」の接続詞を使い、「でも」を使わないようにします。先述の例を使えば、

「腹が立った気持ちは分かる。それで、どうしようと思う?」
「悲しいんだね。だから、どうしたい?」
のように、言葉がけをするのです。

「でも」だと説教になりがちですが、「それで」や「だから」は、子どもに問いかけて、一緒にその答えを考えようというスタンスになります。それは、子どもたちにきちんと伝わり、その問いかけに、自ら考え、それを素直に答えるようになるのです。  

以上のように、「でも」から脱却して、「それで」や「だから」に変えるだけで、子どもの話し方が変わるのです。

 
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Ⅱ 子どもの話し方が変わる(2)

(2)独り言のような言葉がけ  

共感的な言葉がけも、押し付けがましいような話し方やこちらの推量を前述のように決めつける言葉がけは厳禁です。例えば、次のような話し方です。

「何か嫌なことがあったんでしょ。そんな顔してる。」
「テストがうまく行かなかったのね。」
「友達付き合いがうまくないんだから。」
「登校前か、登校中に何か揉めたんじゃないの?」  

これらの言葉がけは、共感はしているように見えて、大人側の決めつけや推量を押し付けていることになります。そうすると、子どもたちは、その言葉を素直に聞くことができず、その言葉がけに本音で応えて話すことがなくなるのです。  

そのような話し方ではなく、子どもに話すでもなく独り言を話しているようにするのが効果的です。例えば、先の例であれば、次のように言います。

「まあ、嫌なこともあるよね。」
「テストかぁー、いつもうまく行くとは限らないよねぇ。」
「友達とうまくいかないこともあるよね。」
「家を出るときって、バタバタするよね。」  

このように独り言のように言うと、聞いた子どもは、自分に直接話しかけられたようには感じません。それでいて、その話の内容は耳に入ってくるので、それを素直に聞いたり受け入れたりするのです。

その結果、理解してもらえるかもしれないと、意識的、無意識的に感じ、本当の話や本音を自ら語り始めるのです。  

独り言のように話すというのは、相手意識を曖昧にして、ぼんやり話すことです。それ自体、間接的で、直接的な効果がないように思われるかもしれません。単刀直入に話す方がいいと思われるかもしれません。  

しかし、直接的な話や、相対峙したような話し方では、子どもたちも構えてしまって素直になってくれません。それより、間接的で曖昧な話や言葉がけの方が、子どもたちは、穏やかに、そして素直に応えてくれるのです。  

そして、そのような話の中に、子どもの様子や状況と全く関係のない話を挟むと、より効果的です。全く関係のない話というのは、

「おやつが棚に置いてあるから食べていいよ。」や
「麦茶が冷えているので飲む?」のような言葉がけです。

学校教育の場では、
「登校前って、バタバタするよね。」や「先生も、朝は苦手だなぁ。」のような言葉がけに、

「そうそう、今日の体育は跳び箱だったね。」や
「今日の給食のメニューは、何だっけ?」などを挟み込みます。
 

 
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国語科の一人学習のさせ方

今、5年生のクラスを借りて「大造じいさんとガン」の学習に取り組んでいます。
単元主題は「クライマックス・コンテストをしよう」で、活動テーマは、「クライマックスを見つけよう」「クライマックスの良さを見つけよう」「No. 1を決めよう」と設定しました。

今日の学習では、その一つ目のテーマです。まずは、1場面のストーリーの盛り上がりを見つける学習をしました。

この時、子どもたちへの指示は、「クライマックスだとわかる言葉」「クライマックスの良さがわかる言葉」「クライマックスにつながる言葉」を見つけ、その言葉に棒線を引くというものでした。これが、一人学習となります。

子どもたちが一人学習に慣れていれば、以上の指示で個別の学習に取り組めます。しかし、そうでない場合、やはりいろいろと手立てが必要です。

まず、一斉での指導です。
子どもたち全員に、テキストの内容を順に示して、それが前述の指示の内容に当てはまるかどうか考えさせるのです。そして、当てはまれば、テキストに棒線を引く、そうでなければ引かない、という活動をさせます。

この時、棒線を引いたテキストを選んだ理由がきちんと言えるかどうかを考えさせるようにします。理由が言えずに「なんとなく」や「理由はうまく言えないけれど」などは、ダメにします。

このような一斉指導をしても、なかなか一人学習が進まない子どももいます。
そんな時には、やはり個別指導が必要です。

一人学習が進んでいない子どもの側に行って、テキストの順に「この言葉は、クライマックスにつながっていると思う?」や「この言葉からクライマックスの良さがわかる? 」のように叙述ごとに問いかけるのです。

そして、子どもが頷けば、そこに線を引くようにします。もちろん、その理由が言えるかどうか考えさせます。それを何度か練習して、あとは、自力でできるようにして、一人で学習させていきます。

この時、子どもが選択するのに、教師の意図が反映しないようにします。つまり、「ここは線を引かないといけないんだけど」と思っていても、子どもがそう考えない時はスルーするようにします。あくまでも、この段階では、子ども個人の考えを促したいので、そこに教師の意図が入り混まないように留意するのです。

今日は、1場面だけを一人学習させました。次回の学習では、それを交流していく予定です。
2場面も同様に棒線を引かせるだけの一人学習にしようと考えています。そして、3場面では、棒線を引く言葉と、なぜ棒線を引くのかという理由の両方を記録するのような学習にしようと考えています。

このように、一人学習では、段階的に、前時までの学習を活用して、少しずつできるようにするのがいいと考えています。いきなり、子どもに任せるのでは、全ての子どもが自分なりの考えを持ちづらいのです。もちろん、このような経験を繰り返していけば、子ども任せでできるようになります。
 


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服部英雄著

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