2の「なぜスポックは進化できそうにないのか?」についてまとめて,考察します。

スポックというのは,アメリカのテレビドラマ「スター・トレック」の登場人物の一人です。その特徴は,感情をもたないヴァルカン星人と地球人の混血で,論理的,合理的,理性的なキャラクターを持っています。

そのスポックを取り上げて,ヴァルカン星人は進化の過程で感情を完全にコントロールするようになったが,感情なしで進化が可能なのかという問いかけをします。その仮説が次のようなものです。
「情動を持つことの利益が不利益にまさることが断じてないならば,そもそも情動を有する生き物は決して進化してこなかったであろう」

この章では,情動と人の進化という視点から情動を価値づけようとします。また,情動の進化についても考察しています。

まず,基本的情動についてです。「恐れ」「怒り」などが進化に必要であったことは容易に理解できるといいます。つまり,危険に対する恐れがそれを避ける迅速な反応を保障します。また,怒りは戦闘態勢に入る準備を作り上げます。

また,「驚き」や「嫌悪」についても同様に容易であるといいます。確かに,驚きがなければ予期しないことに対して注意をはらうようになるし,嫌悪は細菌や感染から身を守るように行動させます。では,「喜び」と「悲痛」はどうでしょう。

この2つの情動について,「進化論的解釈は複雑である」と言いながら,「この2つの情動は,ほぼ間違いなく,私たちがある一連の行為を成し遂げたり,逆に避けたりするものを動機づけるものとして進化してきたと考えられる。p.33」と言います。これは,情動のフィードバックです。何かを為してその情動を感じるというだけでなく,事前にその情動を予測し,何かを為すというわけです。 

そして,この2つの情動は,すべての人間に共通であり,さらには多くの動物がこれらを共有していると言います。その意味で,最も古い起源をもった情動だと言えます。このことについて脳科学を例に説明しています。つまり,脳の1番古いと考えられる大脳辺縁系で,脳の1番中心部にあり,この辺縁系は多くの動物が有しているというわけです。

ここまでで,基本的な情動の価値と進化についてまとめてきました。基本的な情動は,どれも,人の進化には重要なものだったのです。このことは,小学校6年生の説明的文章「感情(茂木健一郎)」の教材にも取り上げられています。では,高次認知的情動はどうなのでしょう。このことについて,罪悪感,愛情,復讐心について考察しています。

まず,罪悪感は良心となり,それを有していると判断されることは,より多くの人から信頼されやすいため,有利であると,ロバート・フランクの説を引用しています。そして,自分の行動を自ら進んで何か特定の事柄に拘束することで解決可能となるような「コミットメント問題」を解決するといいます。そして,高次認知的情動のすべてが,それぞれのコミットメント問題を解決するのに有用なのだとまとめます。

この「コミットメント問題」というのが難しい概念です。 恋愛感情で説明すると,たった一人の人に忠誠を保ち続けるという確かな約束をしなくてはならないという状況で,相手もその状況にいるだろうという確信が,告白という行為をして恋人となるかどうかの問題を解決するわけです。このような「恋人となるかどうか」というのが,「コミットメント問題」なのです。

最後に,基本的な情動や高次認知的情動が今日必要かどうかということについて考察しています。結論から言うと,度をすぎるほどの情動は社会的に不要だし不都合でもあるが,逆に社会的であるために必要である,ということです。そして,このことを道徳的感情を例に説明しています。

「コミットメント問題」「拘束の原理」「道徳的感情」など重要な語句が出てきました。これらについては,新たな知として意味があったと思います。一方,理性の対局にあり,ともすれば不要なものと考えられがちな情動を,進化の過程という視点を取り入れることで,それぞれの有用さを明らかにしているというのも興味深い論説法です。この「新たな(別の)視点から論じる」というのも,新たな方法知として意味がありました。