「教育実践を語る」服部英雄のブログ

授業のこと,学級経営のこと,家庭教育のことなど,教育全般にかかわることについて,これまでの経験や研究をもとに語っていきたいと思います。

参加ー構成型

「参加ー構成」型の著作「はじめに」

「授業に発問は、それほど重要ではない。発問がなくても授業は成立する」と言ったら、読者の方々はどのように思われるだろうか。きっと、「そんな馬鹿な。発問のない授業なんて考えられない」のような反応が返ってくるだろう。

確かに、発問は、教育技術の基礎であり、子どもの学びに不可欠のように捉えられていることが多い。授業を展開するのに発問の流れを考えたり、主発問や補助発問で授業を構想したりする。  

しかし、本当にそれほど重要なのだろうか。もちろん、発問を全くしないというわけではなく、必要な時もある。ただ、その発問に応えている子どもたちの姿は、自主的、対話的とは言えない。

なぜなら、子どもたちは、教師に問われないと考えないからである。また、問いかけの主が教師であるため、子どもたちは教師に向かって応答する。教師と子どもの対話になりがちなのである。  

仮に、授業で子どもたちが活発に思考し、発言するような発問ができたとしよう。その発問が、他の授業や教科に活用できるだろうか。

それもなかなか困難だろう。授業や教科によって学習する内容が異なり、子どもたちの学びを促すための発問は、その都度異なるからである。

それよりは、子どもたちの反応が予想と違っていたり期待外れだったりすることの方が気になる。参観日や研究授業などで、用意していた発問に子どもたちが反応せず、反応しないからさらに発問し、どんどん教室の空気が重くなる、そんな経験をした教師も少なくないはずである。

そんな時、真面目な教師は、自らを反省する。今日の発問は何がよくなかったのだろうかと。

もちろん、授業に対する自省的な態度は、とても重要である。しかし、自ら振り返る点は、発問だけではないのである。なぜなら、授業の中では、子どもたちの意欲や態度、学習内容への興味や難易度、学習集団や教師との関係、学習環境との関係など、様々な要素が絡み合って成立するものだからである。

特に、様々な関係性やかかわりに着目することで、新たな授業観を確立することができる。 以上のような発問と、それに応答するこどもたちで展開される授業を「発問―応答」型と呼んでいる。そして、この「発問―応答」型ばかりの授業を展開していては、教師と子どもの対話となるという問題だけでなく、様々な問題を生じさせるのである。

 
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「参加ー構成」型の授業の著作完成!

今日、新しい著作の「はじめに」を書き終わりました。
目次も完成しています。

原稿も出来上がっているので、あとは、出版社との交渉です。
私的には、自費出版でも構わないと考えています。

というのも、定年退職になって、これまでの教育理論の集大成としてまとめた著作だからです。

今回の著作は、教科を限定していません。
これまで出版した三作品は、国語科の著作でした。

しかし、今回は、全ての教科、領域で活用できるものと考えて書いたのでした。
というのも、小学校の教師は、全ての教科、領域を指導するからです。

そのテーマは、「参加ー構成」型の授業モデルの提唱です。
それに関連して、「参加ー構成」型を支える新しい教育モデル(学力モデル、単元モデル、カリキュラムモデル)も執筆しました。

企画書ではありませんが、この「はじめに」と「目次」を出版社に送って、これからいろいろと協議できればなぁと考えています。

そして、出版できれば幸いです。
さらに、電子書籍としても販売できればいいなあと考えています。

もし、出版されたら、ぜひ購読いただき、奇譚のないご意見を頂けたらと思います。
 
 
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「参加ー構成」型の授業論

先日から、原稿の推敲をしていました。
そして、今日、その第一次推敲を終えました。

誤字脱字はもちろん、分かりにくい表現や整合性のない表現などを修正しました。

推敲するこことで、自分の文章の癖のようなものを把握することができます。
私の場合、「である」文が多いことに気づきました。

「である」文は、主語が名詞であることから生じます。
ですから、癖は「何が、何である(何だ)」という主述関係の文が多いということです。

さらに、「何である」というところ、「何なのである」という表現が多いことにも気づきました。
この表現は、強調するときに用いるものです。

さして強調しないところでも、「なのである」文を書いていて、そこも修正しました。

文章を書くとき、推敲はとても大切です。
自分の文章をメタ的に見ることができるからです。

そして、自分の癖を見つけ、それを改善するきっかけとなります。

この推敲は、子どもたちの作文でも同様に重要です。
それは、上述と同様の効果や学びがあるからです。

とはいえ、なんとか原稿が仕上がったことになります。
もちろん、第二推敲もしなければなれませんが、完成は完成です。

今後は、この原稿を企画出版でも、自費出版でも、出版していただける出版社を探すことになります。
どこかの出版社が、出版してくれることを願います。

ちなみに、目次は次の通りです。

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 はじめに

Ⅰ 「発問―応答」型からの脱却
  1 「発問―応答」型の授業
   (1)発問で構成される授業
   (2)発問と指示
   (3)「発問―応答」型の問題
  2 「参加―構成」型の授業
   (1)「参加―構成」型の授業とは
   (2)教材との出会い
   (3)対話を重視した授業

Ⅱ 「参加―構成」型への転換
  1 「参加―構成」型の実際
   (1)国語科の例
   (2)算数科の例
   (3)「参加―構成」型の授業へ
  2 話し合いのルール
   (1)意見のある子どもは立つ
   (2)「はい」の早い子どもから発言する
   (3)賛成意見から発言する
   (4)ルールは子どもと共に
  3 教師の働きかけ
   (1)コーディネートの具体
   (2)意図的指名
   (3)ヤマ場の設定
   (4)子どもの発言を受け止める
  4 「参加―構成」型の授業で身につく力
   (1)学習意欲の向上
   (2)知識や技能の確実な習得
   (3)発言力と応答力
   (4)思考力

Ⅲ 「参加―構成」型の単元モデル
  1 「自分」を中核にした単元構想
   (1)「自分」から出発して「自分」にもどる
   (2)「自分たち」をくぐりぬける
   (3)「自分なりの考え」「自分たちの考え」「自分の考え」
  2 単元主題の設定
   (1)子どもが夢中になって取り組む主題
   (2)単元主題の例
  3 活動テーマの設定
   (1)活動テーマとは
   (2)設定時の留意点

Ⅳ 新たな教育モデル
  1 「学ぶこと」と「教えること」の共鳴
   (1)「学ぶこと」と「教えること」
   (2)「教えること」の明確化
   (3)「学ぶこと」と「教えること」が共鳴するために
  2 かかわり重視の教育モデル
   (1)新たな学力観
   (2)新たなカリキュラム観
   (3)新たな単元観
  3 評価と指導の一体化
   (1)評価と評定
   (2)評価の問題点
   (3)細分化・精緻化モデルと抽出・整理モデル
   (4)単元を評価してつなぐ

おわりに
参考文献

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「参加ー構成」型の授業の実際2

教材は、算数科、四年生「二けたでわるわり算の筆算」です。本時は、「三けた割る二けた」の筆算で、商が二けたになる計算のやり方を考え、筆算ができるようにすることがねらいです。

子どもたちは、本時までに、一人学習をしてきています。その一人学習を交流するところから授業は始まりました。

R はい。例えば552÷24でしています。まず、5÷24をします。でも、5÷24はできません。だから、55÷24をします。55の中に24は二回あるので、2をたてます。

M はい、ぼくも賛成で、まず、5÷24をしようと思ったけど、5の中に24はありません。それで、55の中に24が二回あるので、十の位の上に2をたてます。

C はい。私も賛成で、768÷24をします。7÷24はできないから、百の位には商は立ちません。76÷24で、3を商にたてます。

K はい。私も賛成で、552÷24だと、52を隠して5÷24はできません。2だけ隠して55÷24をします。55÷24はできるので、2を十の位の上に書きます。

T じゃあ、大体ここまではいいですか? 次に行きますか? まだ言ってない人からどうぞ。Yさんからどうぞ。

Y はい。私は、825÷25でしました。82÷25は3になります。次に、たてる、かけるでするから、次はかけます。25に3をかけて75になります。

S はい。私は、672÷32でしました。商に2をたてたら、32かける2をして64になります。

A はい、私も賛成で、2をたてた後はかけるから、24かける2をして48になります。

T みんなの意見を黒板に書いているんだけど、もう、ここまではいいですか? これはできないんで、百の位に商は立たない。だから、82÷25とか、67÷32をしますよ。そうするとこういうふうに商がたちます。ここは、何?

全員 たてる

T ここが?

全員 かける

T じゃあ、次ですね。まだ言ってない人どうですか? Hさんどうぞ。

H はい、私は、24かける2をした後、次は…。

T 今は、かけるまできているから、次は? 誰か、今ここまできているよって…

R 今かけたところだから、(黒板の図を指して)ここまでです。

H 次は、55から48を引いて、7になります。

T はい、そこまでですね。今、Hさん、何したの? たてて、かけて?

全員 引く

T これに賛成の人、はいどうぞ。

M はい、ぼくも賛成で、たててかけた後は、552の55ひく48をして、7になります。  

この後、「引く」の賛成意見が出て、そして「おろす」の意見が続きました。次に、この「たてるーかけるーひくーおろす」のアルゴリズムを繰り返し、商を求めることを交流していきました。

そして、この計算で大切なこととして「手かくし法」で、商をたてる場所を見つけることに気づかせたのです。さらに、「もし…だったら」という仮定の考え方を用いて、次の問題に展開できるようにしました。

子どもたちは、「もし、余りがある計算だったら」や「二けた目にも商が立たなかったら」のように考え、それが次の課題になることを確認しました。  

授業の最後には、今日学習したことをきちんと理解できているかを評価する「合格問題」に取り組ませました。この問題を自力で解けるかどうかで、授業にきちんと参加していたかどうかを評価することができます。 

 
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「参加ー構成」型の授業の実際

教材は四年生の「ごんぎつね」です。学習場面は最後の場面、いつも通りくりやまつたけを届けに行ったごんが兵十に撃たれてしまうというクライマックスです。子どもたちは、授業前に一人学習をしています。それを交流するところから授業が始まります。

S はい、僕は七十七ページの十行目の「くりを持って」で、1場面では、とんがらしをむしり取っていたり、いたずらばかりしていたけど、でも、この6場面では、栗を持ってとか、そういう優しい場面とか見えるから、そこは対比だと思います。

I はい、僕は、その前の「その明くる日も」っていうところで、ごんは神様にお礼を言って、引き合わないないなあとか考えてるのに、それがきっかけになって、栗をやったりするのをやめないで、まだ続けているのが、優しいとか、賢いとか、そういうふうに思いました。

T ええ、ちょっと待ってね。特にどの言葉が…

I 「明くる日も」の「も」

T 「も」か。…D君先で、その次Yさんね。

D はい、僕も賛成で、5場面のところの最後で、「おれには引き合わないな」と思っているけど、この、栗を持って行っているのが、なんかえらいって感じがするから、えらいなと思います。

Y はい、私も賛成で、私が注目したのは「その」っていうところで、「その」っていう5場面の最後に、「神様にお礼を言うんじゃ、おれは引き合わないなあ。」って、口が荒くなってたり、いろんな事があったのに、「その明くる日も、ごんは」で、「その明くる日も」だから、「その」ってついてるから、やっぱりごんはまだやめないんだな。神様にお礼を言っている兵十にも、のぞみがあるかもしれないって思ったから、やっぱりやめないのかな。って。

T なるほど、まだ望みが…(続けて発言しようとするのを制して)ちょっとちょっとだけ待って。何の望みかな?

Y まだ、つぐないは終わってるわけじゃないから、兵十がもしかしたら気付いてくれるかもしれない。

O はい、違う意見で…

T ちょっと待って。もう少しここどうですか? N君。

N もしそこが「ある日」だったら、もうあきらめたっていう感じなんだけど、「その明くる日」だから、もうずっとずっと、やっぱり兵十のウナギをとった方が悪いってごんは思って、思っているから、いっつも栗を持って行ったんだと思います。

T ちょっと…。これ比べて読んでみようよ。その場に座ってごらん。はい、それじゃあここを「ある日」で読んでみたらって、N君言ってるので、みんなでまずは、「ある日」で読んでみて。

全員 「ある日、」

T じゃあ本文の通りで読んで。

全員  「その明くる日も」

T はいじゃあ、Mさんからどうぞ。

M はい、私は「その明くる日も」っていうところ「ある日」だったら、その、また、一日だけっていう感じがするけど、「その明くる日も」だったら、その次の、またその次のっていうふうな感じが伝わってくるから、大事だと思います。

子どもたちは、自分が考えてきたことを積極的に発言しようとしています。友達の意見をしっかり聞きながら、それと関連づけて賛成意見を続けています。そして、教師は、発言したいという子どもたちを整理しつつ、読み深めさせたいところで立ち止まらせています。それは、「ある日」と「その明くる日も」を比較させているところです。  

このようにして授業が始まり、同様に次の叙述へと移っていきます。この授業では、その後、「ぬすみやがった」や「ごんぎつねめが」、「ようし」、「兵十はかけよってきました」、「ごん、お前だったのか。いつもくりをくれたのは」、「ぐったりと」、「ばたりと」、「青いけむり」などの叙述を読み深めていきました。

 

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