「教育実践を語る」服部英雄のブログ

授業のこと,学級経営のこと,家庭教育のことなど,教育全般にかかわることについて,これまでの経験や研究をもとに語っていきたいと思います。

言葉が変われば…

ほめれば自主的に動くのか

(1)ほめ言葉の功罪  

子どもに限りませんが、ほめられると嬉しいものです。また、それが自信につながり、自己肯定感を高める効果もあります。ですから、ほめないよりはほめる方がいい、と一般的には思われています。  

ところが、「ほめる」ことには、色々な意味があって、その使い方を間違えると、子どもの成長にマイナスに働くことがあるのです。  

まず、心にも思っていないのに、とりあえずほめるほめ方です。子どもの言動に対して、なんと声をかけていいか分からず、ほめておこうというような場合です。このほめ方を多発すると、子どもたちは簡単に、その裏の意味や本音に気づきます。

つまり、「本当にすごいと思っていないのに、ほめている」や「ほめたくないのに、とりあえずほめている」のように思うのです。さらに、これが継続すると、「ほめ殺し」のようになってしまい、子どもたちの自尊感情を損なってしまいます。  

次に、子どもの行動を誘導しようとするほめ方です。
例えば、学級担任で、みんなを静かにさせたい時などに、「Aさんは、きちんと座って静かにしてえらいですね。」のようにほめます。すると、それを聞いていた他の子どもたちが、Aさんと同様に静かにするというものです。

子どもたちは、叱られるより、ほめられる方が好きに決まっています。その気持ちが、叱られないように、ほめられるように行動を修正するのです。その結果、担任のねらい通り、学級は静かに収まります。  

しかし、これも子どもたちの成長にはマイナスです。このようなほめ方ばかり受けていると、子どもたちは、ほめられることが目的になってしまい、自分で判断するということができなくなってしまうのです。

ほめられよう、いい子でいようという気持ちが、自主性を育むことを阻みます。  

では、ほめないことがいいのでしょうか。そんなことはありません。前述のようなほめ方をできるだけしないようにすればいいのです。一つ目の「とりあえずほめる」は、特にしないようにします。これは、百害あって一利なしなのです。

また、二つ目の「誘導するほめ方」も、一つ目のように全くしてはいけないわけではありません。子どもが幼いときや、集団でいるときなどは有効である場合もあります。ただ、そればかりはだめだということです。  

以上のようなほめ方とは、全く異なるほめ方があります。それは、教師や大人が本当にすごいと感心したときにそれを言葉にして、子どもに返すほめ方です。

子どもたちの言動を見ていて、教師や大人の心が動かされるときがあります。その心の動きを、そのまま子どもに返すのです。  

例えば、いつも以上に頑張っている姿を見てすごいと思ったら、「こんなに頑張れるなんて思わなかったよ」と声を掛けます。また、それまで聞いたことがなかった優しい言葉をかけているのを聞いてすごいと思えば、「その優しい言葉がけはすごいね」と声をかけるのです。

大切なことは、本音を言葉にしてほめるということです。そうすることで、子どもたちの自尊感情や自己肯定感が高まり、自主性を育むことにつながるのです。

  
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Ⅱ 子どもの話し方が変わる(6)

(6)水を向ける  

子どもが話そうとするとき、なかなか言葉にならず、言葉に詰まってしまうときがあります。これは、親子で話しているときも、また授業で発表しているときにも、あることです。そんなとき、教師や親、つまり大人はどのように言葉を掛ければいいのでしょうか。  

「早く言いなさい。」「いつになったら話すの?」のような急かすような言葉がけは効果がありません。子どもは、自分の言いたいことがうまく言葉にできずに立ち止まっていることが多いのに、それを急かしても効果がないのは当然です。  

また、「いつまで黙っているの」や「いつもそうやって黙っているんだから」のような、叱責や評価も効果がありません。叱責したり評価することで、子どもたちの話したいという意欲はどんどん低下していくのです。  

そこで、効果的な言葉がけが、「水を向ける」という方法です。これは、子どもたちが言おうとしていることを推測って、その話始めをこちらから言葉がけするという方法です。  

例えば、友達と何かあったと推量できれば、 「友達と…」 のように言葉がけます。そうすることで、子どもは、 「友達と、口論になって…」 のように自ら話してくれます。また、話の途中で詰まったときも、 「なるほど、そんなふうに感じたのね。それで?」 のように言葉がければ、子どもたちは、 「それで、…。」 のように話を続けるのです。  

これは、授業でも子どもが発表するときの支援として有効です。  

参観日や研究授業などで、子どもたちは頑張ろうと挙手するのですが、いざ指名すると、 「…、忘れました。」 のように、口ごもってしまうことがあります。そんなときに、

「それじゃ、思い出したら、また言ってね。」 のように収めることが少なくないでしょう。しかし、このように言葉が消したとき、「また」がやってくることは、ほとんどありません。  

そんなときに、 「今ね。〇〇さんが〜と言って、それに賛成意見が続いているんですよ。それに賛成ですか。」 「もし、賛成なら、はい、私も賛成で、と続けばいいのですよ。」 と、言葉がけることで、子どもは発言し切ることができます。そして、このように発言することで、それを自信にかえることもでき、これからの発言への意欲を担保することができるのです。  

このように、子どもが発話や発言に詰まったときに、子どもと相対峙してうながすのではなく、子どもの側に立って、この子どもなら次このように話すのではないかという推量をもとに、発言をうながす言葉がけが重要なのです。

 
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Ⅱ 子どもの話し方が変わる(5)

(5)おうむ返し  

子どもが何か話しかけると、大人はついつい、評価の言葉や助言の言葉、時には説教の言葉を投げかけがちです。例えば、子どもが、 「今日ねぇ、友達と〜なことがあって、それでとっても嫌な気持ちになったんだ。」 と、自ら話しかけてくれた時です。

「それは、あなたがよくない。」 と評価したり、
「そんな時は、〜と言った方がよかったね。」 のように助言したり、
「そんなことをするから、相手は嫌な気持ちになるんだ。そんな時は、〜した方がいいんだよ。」 のように説教になったりします。  

しかし、このような評価、助言、説教などの反応を聞いた子どもたちは、その後、口をつぐんでしまいます。というのも、子どもたちは、そんな反応を望んでいないからです。

子どもたちは、やはり、共感して欲しい、理解して欲しいと思っているのです。つまり、自分と同じ側にいてほしいと思っているのです。  

それに反して、評価、助言、説教などは、子どもたちの同じ側にいては出ない言葉がけです。同じ側というより、相対峙した立場の言葉がけなのです。

相対峙して、客観的に、言葉がけしているのです。このことに大人は、あまり意識していません。むしろ、「あなたのために」のような気持ちで言葉がけしています。それが、子どもたちには、そのように伝わらないのです。  

そこで、評価や助言、説教ではなく、子どもが言ったことをそのままおうむ返しします。先の例であれば、
「友達と、そんなことがあったんだ。」 や、
「それで、嫌な気持ちになったんだ。」 のように、子どもが話した内容をそのまま言語化して、子どもに返すのです。

そうする方が、子どもの側からすると、よほど聞いてくれた、理解してくれたと思うのです。  

さらに、このおうむ返しには、いくつか利点があります。  

その一つ目が、子どもが話の途中で口ごもったように、話せなくなった時に有効であるという点です。子どもが、話していたのに途中から上手く言えなくなった時、 「なるほど、…していたんだよね。」 というだけで、それに続けて、「そうそう、それで〜って思ったの。」のように話し続けてくれます。

二つ目が、子どもの頭の中でぐちゃぐちゃしているような時に、子どもの言ったことをおうむ返しするだけで、そのぐちゃぐちゃを整理したり焦点化したりできるのです。きっと、子どもは、自分の話したことはきちんと客体化できなくても、大人がおうむ返しすることできちんと整理でき、次の話すことを見出すのだと思います。

この時は、「こう言いたいんでしょ。」や「〜言おうと思ってるんだね。」のような予測や推測は必要ありません。そんなことをしなくて、子どもの言ったことをそのまま繰り返すだけで、子どもたちは、自ら話してくれるのです。


 
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Ⅱ 子どもの話し方が変わる(4)

(4)あいづち  

子どもが話すときに、話しやすくする方法の一つにあいづちがあります。子どもの話の切れ目に適切なあいづちを入れることで、子どもは話しやすくなるのです。

これが、学校教育の授業であれば、子どもが発表するときに、同様のあいづちを入れることで、子どもが発表しやすくなります。  

「適切な」と述べたのは、「不適切な」あいづちもあるからです。例えば、「へー」や「ふーん」などです。どちらも、何気なく使ってしまいがちです。

しかし、これを聞いた子どもたちは、「興味がなさそうだな」や「ちょっとバカにされている感じがする」のように思いがちです。そして、このように思った子どもたちは、自ら話さなくなっていくのです。もちろん、言い方やトーンで、そう思われないこともあるのですが。  

では、「適切な」あいづちとは、どんなものでしょうか。それが、「ほう」です。子どもが話したり発言したりする合間に、「ほう」や「ほうほう」などのあいづちを入れるのです。これは、あるカウンセラーの方の話からヒントをいただきました。  

それは、「患者が一番よく話してくれるあいづちは、『ほう』です。『ほう』は、そのイントネーションを変えるだけで、こちらが感動していることや疑問に思っていることを伝えることができるのです。」という話です。

カウンセラーの先生は、カウンセリングを行うときに、患者自ら話すように仕向けます。その自ら話すということに治療の効果があるからです。

そして、たくさんの患者の経験から、そのように話されていました。それをヒントに授業で使うようにしました。すると、子どもたちの話し方が少しずつ変わっていったのです。  

例えば、「ほー」と伸ばして使うと感心していることを、「ほう?」と語尾のイントネーションを上げるともっと聞きたいと思っていることを、また「ほうほう」と重ねて使うとなるほどと思っていること、などを子どもたちに伝えることができたのです。そして、それを聞いた子どもたちが、そのあいづちに応じて、話を続けたり付け加えたりしていきました。  

もちろん、「ほう」ばかり使わなくてもいいと思います。「はい」や「うん」などもあいづちになります。それらも使いながら、「ほう」を上手く活用すればいいのです。大切なことは、こちらの気持ちを上手く伝えるあいづちがいいということなのです。

 
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Ⅱ 子どもの話し方が変わる(3)

(3)「気持ちは分かる、でも」からの脱却  

共感的な言葉がけができるようになるのは、それほど難しいことではありません。子どもの心情を当て推量でいいので、言語化して子どもに話しかければいいからです。ただ、その後にどのように言葉がけするかで、子どもの話し方は違ってきます。  

その時の上手くない話し方が、共感的な言葉がけをした後の「でも」なのです。「でも」は、逆接の接続詞です。大人や教師は、子どもたちに対して、この「でも」を使うことが多いのです。例えば、次のようにです。

「腹が立った気持ちは分かる。でもね、それぐらいは我慢しなければね。」
「悲しいんだね。でも、いつまで泣いてても仕方ないよね。」  

これらの話し方や言葉がけは、子どもたちの感情を収め、次に向かえるようにすることを意図しています。つまり、感情的になっている子どもを落ち着かせ、そこから立ち直れるような、そして次へと進めるような言葉がけなのです。  

しかし、その意図が子どもには、上手く伝わりません。その原因が「でも」なのです。

いくら子どもの心情に共感しても、その後に「でも」と続くと、その「でも」以前を自ら否定していることになってしまうのです。もちろん、大人や教師側はそのつもりはなくても、聞いた側の子どもはそのように感じ取ってしまうのです。  

その結果、子どもたちは、
「やっぱり、分かってくれない。」
「結局、お説教なの?」
と受け取るようになります。

そして、これが度重なると、
「また、いつもの…。」 と思い、話を素直に受け止めることはなく、自ら色々と話してくれることもなくなるのです。  

そこで、共感した後には、「それで」や「だから」の接続詞を使い、「でも」を使わないようにします。先述の例を使えば、

「腹が立った気持ちは分かる。それで、どうしようと思う?」
「悲しいんだね。だから、どうしたい?」
のように、言葉がけをするのです。

「でも」だと説教になりがちですが、「それで」や「だから」は、子どもに問いかけて、一緒にその答えを考えようというスタンスになります。それは、子どもたちにきちんと伝わり、その問いかけに、自ら考え、それを素直に答えるようになるのです。  

以上のように、「でも」から脱却して、「それで」や「だから」に変えるだけで、子どもの話し方が変わるのです。

 
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