「教育実践を語る」服部英雄のブログ

授業のこと,学級経営のこと,家庭教育のことなど,教育全般にかかわることについて,これまでの経験や研究をもとに語っていきたいと思います。

情動教育

校内研修「情動のコントロール」

今日の放課後は,本校の校内研修で,情動のコントロールについてお話させていただきました。
その時の資料については,以前のブログで紹介しています。 
こちらを参照してください。

情動のコントロール

情動のコントロール2

情動のコントロール3

情動のコントロール4

与えられた時間は,30分でした。
ですから,かなり早口で説明しなければ時間が足りなくなります。

しかし,逆に聞いている人からすると,早口で聞き取り辛かったかもしれません。

これらの話の要点は,過去に読んだ文献を実践にうつして,効果のあったことです。
それらの文献についても紹介しました。

「教師と親のためのやさしいサイコシンセシス」
「子どもが聞きたくなる話し方,話したくなる聞き方」
「こころの知性を育む」
などです。

残念ながら,これらの文献は,今は絶版となっており,図書館で探すか,古本や中古で見つけるしかありません。そのほか,

「登校拒否は言葉で治る」や,
「指示の原則」などの文献も教育における大切な内容を含んでいると思います。

ただ,こちらも絶版となっていて,図書館や古本で探すしかありません。

研修会では,私の話の後,スクールカウンセラーの話もありました。
さらに,質問コーナーでは,目の前の子どもたちを例にした話題も出て,実践的で意義深い研修会となったのではないかと思います。
 

 
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意志の力を育む

学校教育では,学力の向上を中心に考えられがちです。
1年生ではその学年で,身につけなければならない学力を身につけさせる,2年生でも,3年生でも…,というようにです。

確かに,学力が,一つの系統性を持っており,それをきちんと身につけさせるということは重要です。その学年で身につけなければ,次の学年で継続して指導することが難しくなるからです。

しかし,学校教育では,この学力だけを指導するわけではないのです。これが,日本の学校教育の特色と言ってもいいかもしれません。

特に,中高生では,学力の指導以外に,生徒指導や生活指導が,学校教育の担う重要な指導となっているのが現実です。以前見たテレビで,学校教育畑でない,一般公募の校長先生が,この点について言及されていました。そして,それが,学校教育の難しさ,先生である教師のアポリア(困難)なのです。

では,その学力以外の指導をどのようにするのかということですが,一般的には対処療法てきな指導が多いようです。つまり,問題が生じてから,その問題に対処するように,指導するのです。これは,事後指導です。

もちろん,事後指導において,問題を起こしたことを,その子どもの何らかの,例えば抑圧されている感情などの,発散ととらえ,その背景にどんな問題があったのか,そして,その問題を解決するために学校と家庭がどのように協力していくのかなどを考えることは有意義です。

ただ,問題を起こしてからでは,その子どもの内面や成長に何らかの禍根を残すことにもなりかねません。そこで,問題を未然に防ぐような教師の指導が重要になってくるのです。

このとき,その指導の中核は,子ども一人ひとりの意志の力を育んでいくことだと考えています。
意志の力は,自我の力と言ってもいいと思います。

これまで,学級を担任してきて,学級経営や生徒指導において,この意志の力を育むことに力を注いできました。具体的には,「自己決定をうながす」「自分の感情を知る」などです。

このことについては,これまでもこのブログで紹介してきました。
「子どもの自我を育む教師のはたらきかけ」という内容でです。

これまで,この指導法で,ある程度の成果をあげてきたと思っています。その証として,中学校やその後の学校における問題行動が減ったからです。

ただ,今の子どもたちの現状を考えると,これだけでは十分ではないようにも思います。
さらに必要なのは,「感情のコントロール」「感情と身体の統合」「ソーシャルスキル」などです。

これらについて,これからさらに研究を続けていきたいと思っています。

 

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子どもの積極性と学習意欲

子どもの積極性や学習意欲について,最近よく考えます。
これらのことは,子どもの個性として考えられ,個性尊重の新自由主義教育では,それはそれでよしとされがちです。

しかし,積極性がある方がいいことも多いし,学習意欲は高い方がいいと考えます。

「この積極性ですが,この学年・学級は,おとなしいから…。」
という言説で収束することが多いように思います。そして,どのように積極性を育めばいいのか,学習意欲を高めていけばいいのか,現場の教師はなすすべのない状況で次の学年に送るということで終わっているように思われるのです。

しかし,子どもの積極性は育むことができます。そのヒントは,子どもの「選択力(決定力)」や「情動」なのです。

おとなしいと言われる子どもたちは,まず,「選択力(決定力)」が乏しいことが多いようです。これは,これまでの実践からの知見です。つまり,AかBかと問われたときに,なかなか決定できない,あるいは「どちらでもいい」と答えてしまうことが多いのです。

これは,自己主張が弱いとも考えられますが,この自己主張も積極性と関連があります。それ以上に関連が深いのが,子どもの「情動」なのです。子どもの「情動」が激しい方が,積極性も顕著であり,激しくない方が消極的であることが見られるのです。

そこで,子どもたちの積極性を伸ばすには,この情動面を意識しつつ,自己決定場面を用意し,悩まずに決定できるよう促すことが有効です。

例えば,情動的な決定場面としては,「Aということが好きかどうか」を問いかけて,時間をかけずに決定させるのです。好きかどうかというのは,多分に情動的です。それに対して,迷う時間を与えずに答えるように促すのです。これをいろんな場面で導入することで,子どもの積極性は異なってきます。

子どもの積極性や学習意欲は,多分にその子どものおかれている状況や関係に影響されていることがあります。ですから,その状況や関係を変えることで,積極性や学習意欲を伸ばすことができるのです。

次の方法ですが,それは,子どもの興味関心を引き出すことです。この興味関心も,どちらかというと情動的です。理性的にとは少し距離があります。また,どんな子どもでも,それぞれに興味や関心のあることがあります。そして,そのことには,好意的に情動が働きます。これを活用して,情動を多感にしていくわけです。

「この学級の子どもたちはおとなしいから…」
という言説で,あきらめず,子どもたちの可能性を引き出していくのが教師の大切な仕事だと思うのです。



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感情のコントロール

子どもが感情的になることがあります。
それぞれ,その状況や原因は異なっています。そして,子どもたちの発達段階によっても違ってきます。ですから,子どもの感情をどのように受け止めていいか,教師は困ることがあります。

よくある対処法は,その感情の原因を探ろうとすることです。どうして泣いているのか,なぜ怒っているのかを問うわけです。しかし,この対処法では,子どもの感情を余計に荒立たせることはあっても,それを静めたりなだめたりすることにならないことが多いのです。 

では,どのようにするのか。それは,子どもの感情に共感することなのです。共感的な言葉がけができればそうしますし,できないときは同じ気持で寄り添うだけでもいいのです。

前者のやり方は,感情の原因を明らかにして,感情を無理矢理コントロールさせようとしていることになります。それに対して,後者はコントロールすることを目的とせず,その感情を理解し受け止めようとすることになるのです。後者の方には無理矢理どうこうさせようという意図がないので,子どもたちは安心し,自ら感情をコントロールしようとします。

その頃を見計らって,次のような言葉がけをします。
「答えなくていいから,そうしているのが自分のどんなためになっているか,考えてごらん?」
この言葉がけは,自分の感情を理解するとともに,その感情からどんな行動をしているか,その行動が自分のためになっているかどうか,などを子どもたちに促します。 

また,感情をコントロールさせようとする指導は,その根底に感情や感情的になることに対して,否定的なとらえ方をしていることも多いようです。このようなとらえ方は,感情と理性を二項対立としてとらえ,理性を感情より優位とし,理性によって感情を制御しようとした考え方(哲学)です。

しかし,現代はこの二項対立的な考え方が古いばかりか,感情をもっと積極的にとらえる考え方が出てきています。感情は制御されるばかりでなく,感情が人間の身体活動を活性化したり活発化したりするというようにもとらえ直されているのです。

だからといって,子どもたちの感情的な言動をそのままにしておくと,社会性やコミュニケーション能力に悪い影響をおよぼすことも出てきます。そこで,感情を積極的にとらえなおし,それを自ら理解し,自らコントロールできるように指導することも大切ではないかと考えるのです。

その指導内容は,まず,感情について理解をします。その感情は情動の基本的な「喜び」「驚き」「怒り」「悲しみ」「嫌悪」「恐れ」「軽蔑」です。表情の写真や表情図を用いてこれらの感情を理解する学習,どんなときにその感情になったか体験を交流する学習,これらの感情と身体との関係を体験的に理解する学習などが考えられます。

次に,感情を伝える学習です。これは,ワークショップ的に,あるいはソーシャル・スキル的に,またアサーション的に,学習をすると効果的です。各活動の後に,活動してどうだったかということを交流します。

最後に,自分の感情をコントロールする学習です。これも,感情を伝える学習と同様な体験活動になります。その学習内容に,自分の感情を「実況中継すること」,腹式呼吸を活用すること,をぜひ入れたいと思います。これらは,感情をコントロールする具体的な方法として有効であることが,研究で明らかになりながら,あまり知られていないからです。

以上の学習内容は,一度学習してそれでOKというわけにはいきません。学期に何度か,系統的に指導しなければなりません。また,日々の学校生活で直面する出来事を通しても指導しなければならないのです。


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感情2

2の「なぜスポックは進化できそうにないのか?」についてまとめて,考察します。

スポックというのは,アメリカのテレビドラマ「スター・トレック」の登場人物の一人です。その特徴は,感情をもたないヴァルカン星人と地球人の混血で,論理的,合理的,理性的なキャラクターを持っています。

そのスポックを取り上げて,ヴァルカン星人は進化の過程で感情を完全にコントロールするようになったが,感情なしで進化が可能なのかという問いかけをします。その仮説が次のようなものです。
「情動を持つことの利益が不利益にまさることが断じてないならば,そもそも情動を有する生き物は決して進化してこなかったであろう」

この章では,情動と人の進化という視点から情動を価値づけようとします。また,情動の進化についても考察しています。

まず,基本的情動についてです。「恐れ」「怒り」などが進化に必要であったことは容易に理解できるといいます。つまり,危険に対する恐れがそれを避ける迅速な反応を保障します。また,怒りは戦闘態勢に入る準備を作り上げます。

また,「驚き」や「嫌悪」についても同様に容易であるといいます。確かに,驚きがなければ予期しないことに対して注意をはらうようになるし,嫌悪は細菌や感染から身を守るように行動させます。では,「喜び」と「悲痛」はどうでしょう。

この2つの情動について,「進化論的解釈は複雑である」と言いながら,「この2つの情動は,ほぼ間違いなく,私たちがある一連の行為を成し遂げたり,逆に避けたりするものを動機づけるものとして進化してきたと考えられる。p.33」と言います。これは,情動のフィードバックです。何かを為してその情動を感じるというだけでなく,事前にその情動を予測し,何かを為すというわけです。 

そして,この2つの情動は,すべての人間に共通であり,さらには多くの動物がこれらを共有していると言います。その意味で,最も古い起源をもった情動だと言えます。このことについて脳科学を例に説明しています。つまり,脳の1番古いと考えられる大脳辺縁系で,脳の1番中心部にあり,この辺縁系は多くの動物が有しているというわけです。

ここまでで,基本的な情動の価値と進化についてまとめてきました。基本的な情動は,どれも,人の進化には重要なものだったのです。このことは,小学校6年生の説明的文章「感情(茂木健一郎)」の教材にも取り上げられています。では,高次認知的情動はどうなのでしょう。このことについて,罪悪感,愛情,復讐心について考察しています。

まず,罪悪感は良心となり,それを有していると判断されることは,より多くの人から信頼されやすいため,有利であると,ロバート・フランクの説を引用しています。そして,自分の行動を自ら進んで何か特定の事柄に拘束することで解決可能となるような「コミットメント問題」を解決するといいます。そして,高次認知的情動のすべてが,それぞれのコミットメント問題を解決するのに有用なのだとまとめます。

この「コミットメント問題」というのが難しい概念です。 恋愛感情で説明すると,たった一人の人に忠誠を保ち続けるという確かな約束をしなくてはならないという状況で,相手もその状況にいるだろうという確信が,告白という行為をして恋人となるかどうかの問題を解決するわけです。このような「恋人となるかどうか」というのが,「コミットメント問題」なのです。

最後に,基本的な情動や高次認知的情動が今日必要かどうかということについて考察しています。結論から言うと,度をすぎるほどの情動は社会的に不要だし不都合でもあるが,逆に社会的であるために必要である,ということです。そして,このことを道徳的感情を例に説明しています。

「コミットメント問題」「拘束の原理」「道徳的感情」など重要な語句が出てきました。これらについては,新たな知として意味があったと思います。一方,理性の対局にあり,ともすれば不要なものと考えられがちな情動を,進化の過程という視点を取り入れることで,それぞれの有用さを明らかにしているというのも興味深い論説法です。この「新たな(別の)視点から論じる」というのも,新たな方法知として意味がありました。
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