「教育実践を語る」服部英雄のブログ

授業のこと,学級経営のこと,家庭教育のことなど,教育全般にかかわることについて,これまでの経験や研究をもとに語っていきたいと思います。

子ども論

予定調和と子どもの学びと

秋季運動会のある学校では,その練習がかなり詰まってきている状況にあるのではないでしょうか。
このとき,どのような指導しているかということが,重要な問題となってきます。

つまり,教師の側に,「こうすべき」というものがあり,それに子どもたちを従わせていくというような指導になっていないかということなのです。

確かに,運動会まで日程も詰まっていたり,例年と同じようにするというような体制だったり,というような事情は理解できないではありません。しかし,限られた日程でも,例年と違って今年ならではのものをつくろうとする,そのような教師の営みが重要なのではないかと思います。

「昨年まではこうしていたから」
「夏休みのダンス講習会で,ネタを仕入れてきたから」
などの指導も,ある意味有効なものです。それは,例年を参考にすることで無駄を省く,ネタがあるので指導に手間がかからず早く仕上がる,などです。

しかし,そこにどのような子どもの学びがあるのでしょうか。
このような指導法を,予定調和と呼びます。
つまり,予定が先にあり,それに子どもたちを調和させていくのです。

このような活動の中では,子どもたちは,単にやらされているだけで,学びとしては,
「言われたことをその通りにやる」
という,従順さしかありません。

そうではなく,どんなに日程がつまっていても,新しいことをする困難さがあっても,子どもたちの学びを第一に考えるような,活動にしなければならないのです。

そのためには,子どもたちとの話し合いが必要です。教師側には,指導の腹案が必要です。しかし,それに固執せず,子どもたちのアイデアや気づきを生かしていくような,活動にしていくのです。

例えば,例年やっている組体でも,技は決まっていても,どのようにそれらを表現するかということは,子どもたちと話し合っていいのです。

また,その他の競技も,例年通りではなく,今年ならではのものを模索し,子どもどうしで協議し,教師も加わって煮詰めていくというプロセスが重要なのです。

何が子どもの,どのような学びとなっていくのか,それを教師は見つめ,指導していかなければならないのです。


 

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写生会の事前研修会

来週,写生会があります。
その事前指導にかかわる校内研修会がありました。 
講師の先生を招聘しての研修会です。

研修会が始まる今日までに,講師の先生には,各学年の画材を知らせていました。講師の先生は,それをふまえて資料を用意してくださって,いろいろお話をしてくださいました。

講師の先生の話。
写生会をする意義とは,次のようなことです。

1 自分なりの感じ方,見方を絵に表現すること
2 長い時間の造形活動に自ら挑戦すること
3 絵の題材に埋め込まれた,地域,人々のことを意識し,それらに感謝する気持ちを育むこと
4 発達段階に応じた絵を描かせること

その後,各学年の絵の題材について助言をいただきました。

1年生の題材は,「ザリガニ」です。
2年生は,「虫と遊ぶ」です。
3年生は「楽器を演奏する」で,4年生は「 靴を洗う」です。
5年生は「秋の実り」です。
そして,担任している6年生は,「校区の町並み」です。

それぞれの学年に,適切な助言をいただきました。

ただ,心配なことがあります。

その助言は,受け取り方を間違えると,作品主義,結果主義を招きかねないということです。
ザリガニは,こう描けばいいですよ。虫は,こんなことが画面にあるといいです。
というような助言が多かったのです。

これを取り違えると,そのような絵が出来上がるように,教師は子どもの絵に介入しすぎないかという心配があるのです。つまり,子どもたちの描きたいという思いやこだわりとは別に,教師のこんな絵にしたいという思いが勝ってしまい,それを子どもたちに強要しないかという心配なのです。

もちろん,講師の先生は,教師の思いを強要せず,子どもたちの描きたい思いやこだわりを大切にした指導をされていたと思います。ですから,そのような指導の方法を具体的に教えてもらう方がよかったと思うのです。

例えば,どのような活動をうながすのか,どのような状況でどのような言葉がけをするのかなど,具体的な働きかけを教えてもらう方がよかったのではないかと思うのです。どんな作品に仕上げればいいのかではなくってです。

私の考える,写生会の意義は次のようなものです。

1 自分の感じ方,ものの見方を表現に映す…その子なりの感性を尊重する
2 それまで気づかなかったことに気づく…認識の方法としての絵画の意味づけ
3 どれだけ集中し,持続できるかということへの挑戦…集中力,持続力の育成
4 表現技能の習得

などです。これらを,教師からの注入ではなく,子どもたちの気づきや発見を重視した指導法を重視したいと思います。


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思春期の子ども3

自立の力を高める指導法は,他にも次のようなことがあります。
1 自分や他者を理解する
2 自分や他者を受容する
3 自己責任の力を高める
4 自分をコントロールする

それぞれについて簡単に説明します。

まず,「自分や他者を理解する」 は,自分や他者がどんなものの見方や考え方をするのかということを理解するということです。これは,理性面の理解と言えます。それだけでなく,自分や他者がどのような感じ方をするのか,感じたことをどのうように表出するのかということも理解しなければなりません。これは,感情面の理解と言えます。この両方ができるように,学習面や生活面で指導していきます。

次に,「自分や他者を受容する」は,自分に関しては自己肯定感を育むことや自己統一感を持てるようにすることです。他者に対しては,自分との差異を認め尊重する心情や態度を育めるようにすることです。ここにも,理性的な面の受容と感情的な面の受容の両方があります。

3つ目の「自己責任能力」は,原因と結果の関係を理解したり,自分の役割や責任を理解したりし,それを行動で表すということです。特に,結果では,責任を果たさなかったときの「当然の結果」を体験することが重要となってきます。また,役割については,ポジションが明確な運動をさせたり,演劇的な活動をさせたりすることで,役割を通して責任の力を高めていくことができます。

4つ目の「自分をコントロールする」 は,理性と感情の統合や,感情のコントーロル,ストレスマネジメント,メンタルタフネスなどを意味しています。これらは,それぞれを取り上げて,一つの技能として身につけさせていくことも重要だと考えています。

さて,実際に思春期やプレ思春期の子どもたちにどのように接したらいいかという問題があります。これについても次のような方法があると考えています。

1 その子なりの理由や論理を,まずは受容する(頭ごなしではなく)
2 教師や大人の理屈をおしつけず,子どもが自己選択できるようにする
3 子どもたちが感情をコントロールし,何がしいのかを判断できるようにする
4 思春期についての理解をうながす(そのときの感情や行動について)

これらについても,また機会があれば詳しくまとめたいと思います。


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思春期の子ども2

尾木氏の著作から,思春期には,子どもの自立の力が重要であることが分かります。
しかし,この力は,急に身につきません。
身につかないまま,思春期,プレ思春期に入ると,いろいろと困難な状況をつくり出してしまうのです。

そこで,日頃から,自立を前提にした指導が必要となります。
これは,学校生活の中で,さまざまな形で,また継続して指導しなければならないことです。
今回は,プレ思春期に入る前の指導についてまとめていきたいと思います。

まず,自立には意志の力が必要となります。
そのために,子どもたちが,自らの意志で行動するということを体験させ,それを評価するという活動を学校教育における生活場面でも学習場面でも取り入れなければなりません。

その具体的な方法が,「選択場面や状況をつくりだす」ということです。
そして,子ども一人一人が選択する,自己決定するということをうながすのです。

しかし,教師は指示や命令が好きだといってもいいぐらい,たくさんの指示や命令を子どもたちに出します。そして,それができているかどうかを評価することが多いのです。この教師が何でも「〜しなさい」と指示や命令を出して,それに子どもを従わせるという活動ばかりしていると,子どもは自ら選択することができません。子どもの内側では,教師の指示や命令に則しているかそうでないかという基準しか残らないのです。

例えば,生活面では,掃除場所の決定や係の決定といったことから,今どのように行動するかということについての決定など,日々の生活の中に,子どもが決定できるようにするのです。分かりやすく言うと,簡単に「〜しなさい」と言わずに,「どうする?」と問いかけるのです。

ただ,これは時間がかかりますし,子どもの発達段階では困難な場合があります。そこで,選択場面をつくり出したら,最初のうちは選択肢も提示してやります。さらに,選択肢も2つから3つ,4つと増やしていくと,決定の力が高まっていきます。

このとき,教師は,子どもたちがどれを選んでもいいように,選んだことを尊重するようにしなければなりません。ここに「〜を選んでほしい」という教師の意図が絡むと,その意図にそうようにしようという気持ちが働く子どもが出てくるからです。そうなると,子どもが自ら選んだという意識は弱くなります,結果的に教師の意図するように自らの行動を調整したことになってしまうのです。

学習面では,つねに「賛成,反対,質問,分からない」のどれかを考えるようにうながします。つまり,ある子どもの発言に反応させるようにするのです。これも,選択であり自己決定が必要となります。

また,ときには課題をいくつか提示して,どれに取り組むか決定させるということもします。あるいは,表現活動をするときにどの場面を選ぶかと,自己決定をうながすこともします。

さらに,家庭学習の中にも選択できるようにします。具体的には,予習課題を与えて,その課題への取り組み方を決めさせるのです。

教師から,「〜しなさい」と指示したり命令したりすることは簡単です。時間もかかりません。しかし,その安易さに,教師は負けてはいけないのです。あえて手間と時間がかかるかもしれないけれど,何が子どもたちに身につくのかということを大切にし,子どもに確かな自立の力を育んでいかなければならないのです。

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思春期の子ども

小学校も高学年となると,思春期間近となる子どもが出てきます。
思春期間近なので,プレ思春期と呼んでいますが,身体的・精神的に発達の早い女子の方が,その時期に入りやすくなります。

このプレ思春期に入りつつある子どもたちの扱いを間違えると,子どもとの関係が悪くなったり,学級がギスギスしたりします。

そのときに出会った文献が,「少女反抗期」です。著者は誰だと思います?
今,尾木ママとしてブレイクしている,尾木直樹氏です。

今から,20年以上前ですから,現在は絶版となっています。図書館等で見ることができると思います。
その書に書かれていたことが,今も,高学年を担任したときに参考となっています。

特に,なぜ,プレを含め思春期に入ると女子が,グループをつくったり,扱いが難しくなるのかということの分析が興味深かったのを覚えています。

それによると,日本における,男子と女子の育て方の違いだと言うのです。今だと,ジェンダー理論があり,男女の社会的な違いが,その育て方や社会の状況によるというのは,かなり有名です。しかし,それ以前に,育て方に着目されたのは,かなりの達見と言えると思います。

では,どのような違いがあるのでしょうか。

氏によると,男子は,小さいときから将来自立することを前提に育てられますが,女子は自立を前提には育てられないというのです。女子はむしろ自立ではなく,将来よき家庭人として家庭を守ったり夫に従っていくことを前提に育てられるのです。

例えば,幼児が転んで泣いているときの様子を想像してみてください。
男子の場合,「男の子が,そんなことで泣いてどうする」と叱咤されます。一方,女子は「転んだの? もう大丈夫だからね」と共感,保護されます。この扱いの違いが,子どもたちに自立の差が生まれるというのです。

つまり,男子には小さいときから,自立の力が身に付いていますが,女子にはそれがありません。しかし,思春期になると,自ずと自立が自他から要求されます。男子は,自立の基礎力があるのでそれに耐えられますが,女子は基礎力が弱いのでそれに耐えられません。したがって,同じ弱いもの同士グループをつくるのです。

このことが分かれば,女子に対して,特にグループを作っている子どもへの接し方が違ってくるのではないでしょうか。その接し方や,指導法については,次回のブログに書きたいと思います。


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