「教育実践を語る」服部英雄のブログ

授業のこと,学級経営のこと,家庭教育のことなど,教育全般にかかわることについて,これまでの経験や研究をもとに語っていきたいと思います。

主体

子どもが主体的に学ぶとは —第一章,第一説,1—

第一章 新学力観の生成過程

第一節 臨時教育審議会

1 発足の背景
 臨時教育審議会は,1984年9月5日,首相官邸で初総会を開きました。そして,中曽根首相(当時)が「我が国における社会の変化及び文化の発展に対する教育の実現を期して各般にわたる施策に関し必要な改革を図るための基本的方策について」諮問しました。その諮問理由には,①近年の社会の急激な変化や教育の量的拡大などが教育の在り方に影響を与え,様々な問題がおこっていること,②社会の一層の変化や文化の発展に対応する教育の実現が求められていること,③教育の現状における諸課題を踏まえつつ時代の進展に対応する教育の実現を期することなどがあげられています。

 ここからは,①にあるようなさまざまな問題や,③に見られるような諸課題が教育にあるという認識に立ち,それらを明らかにして,これからの時代の教育を樹立しようとしていることが分かります。しかし,どのような問題があったのかについては,述べられていません。そこで,この初総会時の内閣総理大臣の挨拶から,当時の教育における問題について見ていきます。

【近年における校内暴力や青少年の非行等の増加,あるいは学歴を過度に重視する社会的状況,我が国学校制度の画一的性格,国際性強化の必要性など,種々の問題が指摘されており,現行の教育の在り方の中には,戦後四十年を経た今日,時代の推移に伴って,適切な改革を要するものが生じてきているのではないかと考えます。1)  】

ここから,当時の教育の問題を,「校内暴力・非行の増加」「学歴重視社会」「学校制度の画一化」「国際化」と見ることができます。この挨拶が当時の首相のものであるということを考えると,これらの教育に関する問題意識は当時の政府の問題意識であるということが言えます。つまり,政府として,4つの社会的状況を問題として把握していたということです。同様の問題意識は,初総会時の文部大臣の挨拶にも見られます。

【遺憾ながら今日の実情において,学校教育における児童生徒の能力適性が多様化している実態に対する対応や,あるいは受験競争の過熱化の中でおこる偏差値による学校の序列化など,様々な問題が生起していることを真剣に受けとめ,これらに対する適切な対策を十分に考慮しなければならないと考える次第であります。2)  】

 ここからは,「児童生徒の多様性への対応」「受験競争による偏差値重視」などを問題視していることが分かります。

 以上をまとめると,まず,学校教育の内部の問題として,児童生徒の問題行動の増加と多様性の進展が,取り上げられていることが分かるのです。次に,学校教育制度の問題として,画一的な学校教育制度です。そして,学校教育を含み込む社会の問題として,受験競争による偏差値重視や学歴重視があります。さらに,学校教育の将来への問題として,国際化や社会の変化に対応することなどが,問題というよりは課題として取り上げられているのです。

 さらに,木田宏(1985)は,戦後教育の展開をまとめ,教育環境の変化から教育改革の基本課題を示している。それは,以下の通りです。

【昭和五十年代に入って,教育改革を求める声は,一つは経済界から起こり,他の一つは,学校や家庭における青少年の病理現象として提示された。
 経済界は,二十一世紀の日本の生きる途として,日本国民の創造性を啓発し,国際性を涵養すべきことを求め,学校の閉鎖性を改め,画一を排して,「多様化への挑戦」を進めるべきであるとした。
 一方において,家庭や学校は,青少年の暴力,非行,登校拒否その他,さまざまな不適応現象に苦しみ,果ては,家庭や学校から問題児を排除するという自己矛盾の防衛装置までとられるようになった。教育改革を求める声が,かくして国民的なものとなったのである。3)  】

 木田が指摘している課題は,「学校が閉鎖的で画一であること」「青少年の問題行動や不適応現象」です。この課題は,先の政府の問題意識と重なります。例えば,学校の閉鎖性や画一,問題行動や不適応は首相の挨拶の中にもあります。このことは,政府と経済界や家庭,学校の問題意識が同じことを意味し,当時の教育に対する問題が社会全体でほぼ共有できるものであったことを示しています。

 ただ,経済界からの言説であると考えられる「日本国民の創造性や国際性」のために「閉鎖性,画一を排除」して「多様化への挑戦」をするべきというのは,その目的と方法との間に因果的な整合性が見られません。つまり,「閉鎖性,画一を排除」して「多様化」すれば「創造性や国際性」が涵養されるのか,という問題です。それよりは,「創造性や国際性を涵養」することも,「閉鎖性,画一を排除」することも,さらには「多様化」することも,多分に経済的な理由から来たのではないかと考えられるのです。それは,いずれの要素も経済的な利点,経済界にとっての利点を背景にしていることが明らかだからです。




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子どもが主体的に学ぶとは −序2−

今回のブログは,以前書いたものの続きです。

子どもが主体的に学ぶとは −序−

 これだけ大きな教育理念の改訂が行われたのには,その背景として教育に関する社会からの興味や関心があったことが考えらます。実際,当時の教育界には様々な問題があり,それを解決しようとする社会的・政治的な動きがありました。それが,1984年8月21に発足する,首相の直属諮問機関である臨時教育審議会です。この審議会では,教育における様々な問題や諸課題について審議し,3回の答申を出しています。

 また,この臨教審は,文部省内の審議会とは異なり,開かれた会を目指していました。それは,委員の合意ができた問題について逐次答申したことや,ヒアリングなど広く様々な声を聞こうとしたことからも明らかです。これは,世論を巻き込みながら,教育改革について議論を進めようとしていたと言えます。このことは,教育改革が社会的な関心となっていたことを示しています。この臨時教育審議会の最終答申を受けて,教育課程審議会や中央教育審議会などの審議を経て,学習指導要領が改訂されています。したがって,この臨時教育審議会について分析することは,「新学力観」が生成される社会的,政治的な状況を分析することになります。

 ところが,このような社会的な状況があるにもかかわらず,「新学力観」以前に,子どもの主体性や主体としての子どもを実践研究の対象としていた研究や理論があります。それは,大西忠治の学級集団や学習集団の理論,吉本均の学習主体や村上芳夫の主体的学習などです。

 大西忠治は,学級集団を子どもの自主的・自治的集団へと変容させていこうとしていました。また,吉本均は,学級集団とは別の学習集団を設定し,その中で子どもたちを学習の主体者として位置づけ,自主的・自律的な学習を目指していました。また,村上芳夫は,主体性をもつ人間形成に重点を置き,学習における主体性の確立を目指す授業を展開しようとしていました。

 これらは,「新学力観」が指導要録とともに展開しようとしている「主体的」や「関心・意欲・態度」の育成とは異なった技術を用いています。これらを批判的に分析することで,彼らの目指していた「主体性」や「主体」を問題化することができます。そして,この問題化と同様の手法で,「新学力観」の「主体的」や「関心・意欲・態度」について分析することができるのです。

 ところで,「新学力観」が目指す「主体的」な学習や「関心・意欲・態度」への注視は,それまで政治的,あるいは政策としてなかったものです。それまでは,「知識・理解」や「技能・表現」,「思考・判断」が学習における内容であり評価の対象でした。つまり,それらが学習を通して学ぶことであり,「関心・意欲・態度」はもちろん重視しますが,それが具体的な学習内容や,評価の対象にはならなかったのです。このことは,「新学力観」以前の様々な学力論の中にも見て取ることができます。

 例えば,勝田守一は,「認識の能力」を「学力の中心」と見ています。その中身から「態度」を排し,まずはペーパー・テスト等で計測可能なものに限定して「学力」をとらえようとしました。つまり,「関心・意欲・態度」を学力と見なすことは,態度主義として批判されたのです。

 にもかかわらず,「新学力観」では,「主体的」や「関心・意欲・態度」を学習内容とし,評価の対象とします。このことは,学習者の主体としての姿を変容させることを意味しています。そして,その変容に,評価という道具を用いるのです。この道具は,成績や進学をその目的におくとき,絶大な効果を発します。そして,その効果は,学習者である子どもや生徒を従順さへと導くのです。

 このように見てくると,「新学力観」が目指すものが,フーコーの言う「従順な身体」を形成すること,あるいはそれを強化することと重なってくるように見えます。

 フーコーは,規律・訓練の権力装置によって「従順な身体」をつくり出すと述べています。そして,その規律は,視線と処罰,それらを組み合わせた試験によって成り立つと言います。この規律・訓練は,学校にも置き換えられることができ,学校の訓育にその技術を提供していると言います。この考え方に立つと,学校自体が規律・訓練によって「従順な身体」をつくりだす装置となっていると言えます。それ以上に「主体的」や「関心・意欲・態度」まで規律・訓練の中に含み込むということは,「従順な身体」がより強化と考えられるのです。

 「新学力観」をめぐる言説をこのフーコーの枠組みで批判的に分析することは,「新学力観」が意識的,あるいは無意識的に含み込む「主体」概念を分析することにつながります。また,上述の主体的な学習の問題化や,それぞれが含み込む「主体」概念との比較から,対比的にあるいは反復的に「新学力観」の「主体」概念を分析することができます。

 以上のように,本研究では,「新学力観」における「主体」の問題について,その生成過程である社会的背景を明らかにし,それまでの学力論を踏まえて,学習の「主体」論の言説を分析しながら,「新学力観」をめぐる言説を分析していきます。そうして,主体的な学習の「主体」について考察していくことが目的です。

 まず,第一章では,新学力観の生成過程を,臨時教育審議会,全国生活指導研究会の学級集団つくり,学力論学力論争の変遷について明らかにします。続く第二章では,学習「主体」論の言説について,大西忠治の学習集団論,吉本均の学習集団と学習主体論,村上芳夫の主体的学習者に焦点化して分析していきます。

 次に第三章では,「新学力観」の言説を分析していく。ここでは,「新学力観」をつくりだした側や,それに対する教育界の反応などの言説を見ていく。そして,「新学力観」の捉え直しと,その可能性としての新たな展望についてまとめていく。


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子どもが主体的に学ぶとは−第一章第二節−2(3)-2

(つづき)

 それは,大西忠治(1986)の「集団つくりの新たな展開」では,「ゆるやかな集団つくり」を主張している28)ことからも理解できます。これは,子ど もが「ゆるやかさ・やわらかさ」を求めていることに立って,新たな集団つくりをしようというのです。このことは,子どもたちが従来の競争し評価し合い厳 しく集団に所属することを拒み始めたことを示唆しています。そして,それは子どもたちが主体として集団から脱出したのではなく,あくまでも集団の中にいなが ら,その主体性を弱くしていると見ているのです。

  そして,「班づくり」はよりあい的段階の検討にもどります。そこでは,「いったい何のための班なのか,何のための核の指導なのか,何のための討議なのか,それを問いなおす意味がよりあいの思想であるといいたかったからである」29)と大西忠治(1986-2)が言うように,学級集団づくりそのものを見直そう とするのです。これに呼応して竹内常一(1987)の「班とは何か」という論文や家本芳郎(1988)の「前期的段階の再検討を」のように,次々と学級 集団づくりの理論を見直そうとしています。

 その背景には,「集団ぎらい」や「リーダーぎらい」が子どもの中から出てきたからと論じられているが,この年代は臨時教育審議会が開かれている時期でも あり,集団主義的な教育の画一化や没個性などが批判されていたこととの関連も容易に想像がつきます。しかし,大切なことは,この学級集団づくりの見直しを通しても主体それ自体の自主的,自治的な問題はさほど取り上げられていないことです。それよりは,主体の発達的課題や問題,主体間のつながりやその質の変化などからの見直しであり,『学級集団づくり入門 第二版』のときから変わっていないのです。あるいは,個人が多様化しすぎて,集団の主体というひとくく りで考えられなくなったとも言えます。

 1990年から『新版 学級集団づくり 小学校』の影響からか,「共同性」という言葉が見られるようになります。例えば,浅野誠(1990)は「教師と子どもとの共同性の追求と指導」について論じています。この中で,浅野は,指導に権力性を認めている。それは,次の通りです。

【 権力関係の存在を把握し,自分の実践のどういう部分が権力性を帯びているのかを自覚した上で,権力性の強い実戦傾向からの脱却をはかり,(中略)権力関係 をくみかえ,共同性にもとづく民主的な権力関係,つまり自治へとくみかえる努力が必要である。30) 】

  この論では,集団づくりの指導に権力性をみとめ,それを非民主的な権力関係から民主的な権力関係にくみかえることを述べています。これは,民主的集団が,民主的な権力関係にある集団であることを宣言していることになります。ただ,共同性を集団づくりにおける教師の指導性の権力や権威と対峙させ,そこに依拠させようとしていることは,その論自体に矛盾を孕む結果となっています。なぜなら,その共同性の中にこそ,教師の指導を媒介に権力や権威が内在するからです。さらに,「指導は相手を支配・従属させることではない」と言い,集団づくりにおける権力やその装置,あるいはそこで見られた従順な身体には触れられていないのです。

  そして,1990年には「核」という言葉が「リーダー」という言葉に取って代わられます。竹内常一(1990)の「リーダーシップとフォロアーシップ」の論文や高橋廉(1990)の「班長会・リーダーの自主的活動を育てる」などがそうです。また,坂本光男(1992)は「知的なちからを育てる集団づくり」と自治的な集団づくりそのものへの認識を具体的に提案しています。さらに,照本祥敬(1995)の「現代生活指導と『集団づくり』像の再構築」では,遠藤芳信の「生活指導の解体と集団づくりの放棄のなかで」という論文に反論していますが,その中で「生活指導の解体と集団づくりの放棄」という枠組みをいくら かでも支持する一定の状況が,全国生活指導研究協議会の会員内・外にあると判断しています。これは,生活指導や集団づくりというのが,ある程度終結したという教育界の判断があったことを示しています。実際,これ以降「集団づくり」という言葉は減少の一途をたどるのです。

 以上のように見てきましたが,「集団づくり」における主体性や自主性は,1970年代とは大きく変容していないことが明らかとなりました。多少のとらえ方の変容はあります。権力性を認めたり,主体の弱さを理解したり,集団内の主体同士の関係に着目しようとしたりなどがそれらです。しかし,そこでは,これまで検討してきた権力装置に対する認識や,そこで従属したり服従したりする集団や個人の主体性までは論じられていません。論じられないまま,「学級集団づくり」はひとまず沈静化していくのです。



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子どもが主体的に学ぶとは−第一章第二節−2(3)

(3)学級集団づくりの変容

  『学級集団づくり入門 第二版』以降,『生活指導』の学級集団づくりは変容をしていきます。1970年代は,学級集団づくりを具体的にどのように行うかということが中心です。それが,1983年ごろから,非行や不登校の問題が取り上げられるようになります。それに呼応する形で,子どもの「発達」への注意が始まります。さらに,1986,87年ごろには「核」という言葉が消え始め,1990年からは「リーダー」に取って代わります。さらに,集団づくりは集団の自治やその指導というより,集団における共同性や共同化に重点がおかれるようになります。その過程で重要なのは,1990年4月に発刊された『新版 学級集団づくり入門 小学校』です。ここでは,生活指導を次のように定義しています。

【生活指導とは,子どもたちが自分たちの必要と要求にもとづいて生活と学習の民主的な共同化に取り組み,そのなかで人格的自立を追求し,社会の民主的な形成者としての自覚と力量を獲得していくようにはげます教師の教育活動である。22) 】

  これは,『学級集団づくり 第二版』の定義とは,大きく異なっています。ここには,民主的人格という言葉はありません。そして,『学級集団づくり 第二版』では,学習指導を陶冶,生活指導を訓育と区分していたものを,新版では「生活と学習の共同化」を,すなわち陶冶と訓育の共同化を言うのです。また,行為や行動へ指導という,特に「指導」という言葉もなく,それは「はげます」という言葉に変わっています。

  ここで,重要になるのは,なぜそのように変わったのかではなく,その変容の過程をたどることです。そうすることで,全国生活指導研究協議会がとらえている自主性や主体がどのように変容したか,あるいは変容しなかったのかを見ることができるからです。以下に,機関誌『生活指導』の言説を取り上げながら,変容の過程を見ていくこととします。

 1970年代では,『学級集団づくり入門 第二版』の影響が強いのです。例えば,1972年9月号では,前期的段階への移行を特集として取り上げ,大西忠治が「核つくり」の問題が重要であること述べています。そして,その中で,「核つくり」,すなわちリーダーの指導が教師の人柄に左右されるとまで触れています。

【その核つくり,特にリーダーの指導に関していうと,その人の,研究会なりサークルなりでの行動のしかた,もののいいかた,人がらを見るほうがよくわかるような気がするのである。23) 】

  これは,強権的です。教師の指導技術を問題にするのではなく,その人の人柄を問題にしています。つまり,教師自身も監視のまなざしに晒されることになるのです。誰に監視されているかというと,それは大西忠治であり,全国生活指導研究協議会です。そのような監視の連鎖は,既にフーコーによって指摘されている通りです。まさに,その連鎖の中に生活指導の現場にたつ教師も配属されてしまっていたのです。

  このことは,全国生活指導研究協議会が権力をもち,それを教師に行使しようとしていると言えますが,これは,『学級集団づくり入門 第二版』にも既に示されています。それは,「教師の思想の貧困は,すなわち核の思想の貧困となり,教師の実践力の弱さは,すなわち核の実践力の弱さとなる」24)です。つまり,この大西の言説は,既に提起していることを反復し,強調しているのです。それだけ,学級集団づくりの影響力が強いということであるとともに,子どもだけでなく,教師も従順な身体として,服従する主体として見ているということです。

  このような強い影響は,大西忠治(1972-2)にも「いつまでも前期へ移行できない実践をあまり多くみせられるからである」25)や坂本光男(1981)の「子どもを管理し子どもに管理を教える。」「よって学級担任は,当初は『ねばり強く教えこむ』ことをしなければならない。その教えこむ指導から,しだいにかれらの自発性にもとづく取り組みを導きだしていくのである。」26)などにも見られます。

  また,浅野誠(1983)の「説得しきることができないために,集団づくりがうまくすすまないという状況がみられる」27)と,子どもを説得しきることと集団づくりとについて論じています。これも,教師の「説得しきろうとしない」態度が問題であると述べていますが,それが教師の管理主義に対する子どもの反発を嫌がるからだと論じています。つまり,子どもの管理に対する反発や反抗が見られるというのです。浅野は,それに屈せず「説得しきる」大切さを言うが,このころから,集団づくりに変化が見られるようになります。

(つづく)

子どもが主体的に学ぶとは−第一章第二節−1

第二節 全国生活指導研究協議会の生活指導

 1 民主的集団と民主的人格形成

  全国生活指導研究協議会は,1969年の12月に発足しました。その背景には,「当時文部省が特設道徳を法律によって規制しようとした情勢のときであり,そうした反動的,観念的な道徳教育に対する反対の意志が」あったのです10)。そして,そのねらいは,全国生活指導研究協議会の指標の最初にある,「生活指導運動を充実,発展させることによって,憲法と教育基本法の趣旨である平和と民主主義をめざす国民教育の実現に努める。」ことです。つまり,「生活指導運動を充実,発展させる」ことなのです11)。

  では,生活指導をどのように捉えていたのでしょうか。生活指導について,『学級集団づくり入門 第二版』では,次のように述べられています。

『生活指導は,人間の行為・行動の指導ならびに行為・行動に直接的にかかわるかぎりにおいての認識や要求を指導することをとおして,民主的人格形成に寄与することを主たる目的とする教育活動である。つづめていえば,行為,行動の指導によって民主的人格を形成する教育活動である。12) 』

 そして,知識や技能を教授し学習させる陶冶の教育と区別して,人格を形成する訓育の教育であると言います。ここに,生活指導と学習指導という二元論的な考え方を見ることができます。これは,生活指導が行為・行動への働きかけであり,学習指導が知識や技能への働きかけであるとすることで,教育活動を分離しているのです。しかし,人格を対象とするときに,二元論的にとらえて統合的で総合的な人格を形成することができるのでしょうか。学習指導によって陶冶されたことが人格形成に資することはないのでしょうか。全国生活指導研究協議会が,人格をどのようにとらえていたかが問題となります。

 『学級集団づくり入門 第二版』では,人格を思想と行動能力との統一されたものであると定義しています。そして,思想も行動能力も民主的であることを前提とし,民主的思想と民主的行動能力を統一して,民主的人格をめざそうとしていました。このとき民主的行為・行動が決定的に重要であると言います。その行為・行動で思想や行動能力を見ることができるからです。したがって,生活指導は,行為や行動からその思想や行動能力を評価し,それに働きかけて民主的人格を形成しよういうのです。

  ここで問題となるのが,その思想や行動能力が民主的であるとだれが評価するのかということです。また,民主的であるかないかの基準をどこに設定するのかということです。いずれも,教育される者の外側に存在します。外側にいて,訓育という尺度のまなざしで監視するのです。これは,フーコーの言う教育されるものを監視し,試験はないものの評価して働きかけるという,権力装置そのものです。しかも,その権力措置は,知の領域ではなく,行動・行為を通して思想にまで視線を向けます。そこに自主的な主体が存在するとは考えにくいのです。

  しかし,『学級集団づくり入門 第二版』では,そのことに次のように述べています。

『しかし,もし行動が自主的でないなら,行動がもつ思想との統一力は大幅に消滅する。行動が思想の実証となったり,思想について責任を負ったりする必要がなくなるからである。個人がどこまで自主的に行動しうるか,行動の自由を社会がどこまで保障するかは,思想と行動能力の統一としての人格の形成にとってきわめて重要である。13) 』

 行動・行為する者の自主性の重要性を述べています。これは,一つの矛盾です。この矛盾が学級集団づくりの具体的な技術にも見ることができます。それについては次節で具体的に見ていきますが,ここでは思想と行動能力の統一の前提としている民主的集団について考察します。

  『学級集団づくり入門 第二版』では,民主的集団の中でこそ,民主的人格が形成されると述べています。そして,それは「主人としての人格」であり,管理・運営に参加する権限をもち,基礎的統治能力をもった人格であると言います。一方,民主的でない集団,非民主的集団については,その集団を管理・運営する権限と能力とは特定の一握りの人々によって独占されると言います。したがって,民主的集団では,個人がもつ基礎的統治能力で,いつでも誰でもがその集団の管理・運営する権限をもつことができると考えているのです。

  これは,民主的集団が個人とどのような関係にあるものとしてとらえているかを示しています。民主的集団において民主的人格が形成されます。そして,形成された民主的人格で集団の管理・運営に携わるわけです。この集団が個人を規定する考え方は,社会的に個人が構築される考え方と類似しています。しかし,民主集団の中で人格が形成されるということは,その形成過程に集団がどのように機能するのか,形成過程において集団が個人をどのように規定するのか,などが不明です。

  また,民主的集団というのをだれが規定するのかという問題もあります。集団の外にいるもの,学級集団を想定する場合の教師,が規定するのでしょうか。そうであるならば,その集団は教師の監視のもとにあるわけで,教師の権力装置として機能していることになります。あるいは,民主的人格をもつ集団の成員なのでしょうか。そうだとすると,民主的人格が形成されなければ,民主的集団であるかどうか判断できなくなってしまいます。つまり,民主的人格が未熟な場合,民主的集団であるかどうかが判断できないのです。

  しかし,この集団と個人の関係は,一つの可能性も示しています。それは,集団と個人が相互に作用しながら,民主的な集団と人格を形成していくというものです。例えば,民主的集団でない段階の個人は民主的な人格ではなく,その集団の中でさまざまな活動や行為をとおして,双方が民主的になっていくのです。ただ,この形成論は,発達的・発展的な形成過程を意味しません。そのように考えると,さまざまな困難が生じることが考えられます。実際,全国生活指導研究協議会の「班づくり,核づくり,討議づくり」では,民主的集団の形成を「よりあい的段階」「前期的段階」「後期的段階」と発達的・発展的にとらえたため,なかなか「前期的段階」へ移行できないという問題が生じています。

  また,別のところ,学級集団における指導についてで,「民主的集団とはなにか」という見出しで,三点にまとめてしめしています。それらを整理すると,次のようになります。5)

『第一に,集団には,これを一個の単一体,統一体として,集団成員の関心と意志と行動とを集中すべき単一の目的がなくてはならない。(略)  第二に,集団には組織と機関とが必要である。(略)  第三は規律である。規律は集団が目標に向かって合目的的な全身運動を展開する際に現れる,集団のちからの形式である。14) 』

 ここでは,先の民主的人格を形成する民主的集団として,学級集団のありようをまとめていると言えます。つまり,指導の具体的対象としての学級集団の民主的な内容を示しているのです。これらは,先の民主的集団で民主的人格が形成されることの,より具体的な姿が示されています。それと同時に,この姿に近づけるために教師の指導性が重要であることも述べられています。そこから,さまざまな集団に対する指導の技術が生まれてくるのですが,これらの集団の姿が指導の目的でもあるということは,この具体的な指導では,民主的集団を規定するのが教師であることが明確です。つまり,教師が自らの学級集団を民主的であるかどうかを評価し,指導して,民主的集団にしていくわけです。このとき,民主的集団の外側,あるいはそれ以前に教師という絶対的存在を配置しているのです。ここに,教師の集団に対する権力,権威を見ることができるのです。

 このことは,別のところで,明示されています。

『このような指導は,指導者が集団自体のなかに埋没していては成立しない。その意味では,指導は経験主義とは無縁である。指導は,集団を社会的諸関連のなかで客体としてとらえ,それを認識と工作の対象とするものであるから,指導者が集団の一員であるとないとにかかわらず,それは集団を超えたものとして成立してこなければならない。いや,指導は,本来,集団を超えたもの,集団の外側のものなのである。15) 』

  指導者である教師を「集団を超えたもの,集団の外側のもの」としており,ここに教師の集団に対する絶対性や権力,権威を明確に配置していることがわかります。

  一方,それぞれの定義も,個人の自由を保障すると言いながら,個人の自由を限定するものとなっていると言わざるを得ません。第一の「目的」も,個人の自由な目的の以前に集団の,しかも「単一の」目的を設定しています。特に,第三の「規律」も,その「集団のちからの形式」であり,集団がその力を個人に行使する権力となり得ます。たとえ,その規律が民主的に決定されたものとしても,その規律には目的に応じた経済性と政治性から,権力を個人に行使するのです。

  当然,そこでは,逸脱は認められません。逸脱に対する取り締まりも考えられています。取り締まりがあれば何らかの処罰も生まれてきます。そして,この集団の外に,あるいは以前に教師という存在がいるということは,その集団の権力は教師の権力そのものとなります。そして,この権力には,さまざまな技術が用意されています。つまり,それが,集団を指導する技術なのです。



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